「食」のプロたちに聞く“美味しい”って何!?~Vol.03林伸次×山本孝~


井の頭線の久我山という駅にMountain River Brewery(マウンテンリバーブリュワリー)という小さなビール醸造所があります。ネットショッピングやデリバリーアプリの普及で、配達員が届けてくれるのが当たり前の時代になったのに、そのビール醸造所は作ったビールを近所の飲食店に代表の山本孝さんが手で持って配達しにきてくれます。もちろん味は美味しくて、瓶内二次発酵や日本の果物を使ったビールなど、いろんな試みをしているんです。

“食のスペシャリスト”の方たちに「美味しい」からはじまる「食」のお話をいろいろ聞いてみるこの連載、第3回はビール醸造所の代表である山本さんをお迎えしていろいろとお話を聞いてみました。

山本孝(やまもと・たかし)さん
「自分が造ったビールを通じて、様々な人と人がつながりあえたら楽しいだろうな」という思いから、久我山エリア初のクラフトビール醸造所を2018年にOPEN。瓶内二次発酵をさせたベルギースタイルの定番ビールや、季節のフルーツを使ったビールなど、多様なビール造りに挑戦している。


-はじめに山本さんとビールとの出会いから聞いていってもいいですか?


きっかけはベルギービールの美味しさに気づいたことからですかね。今一緒にビールを作っている仲間との出会いも、ビール好きが集まるコミュニティで飲んでいた時に、「どんなビールが好きなの?」って聞いたら、「ベルギーのセゾン・デュポンが好き」って返ってきて。僕もベルギービールの中でもセゾン・デュポンが大好きだったので、「美味しいよね」ってすごく話が盛り上がったんです。そこから“自分でもビールって作れるのかなぁ”って考えるようになりました。


-セゾン・デュポンですか。セゾンって僕のようなバーでは説明が難しいというか。IPA(India Pale Ale)はホップが強くてとか、ベルジャンホワイトは小麦なので少しフルーティっていうわかりやすい特徴がなくてなかなか注文されにくいんです。ベルギー現地ではどのように捉えられているんですか?


昔、ヨーロッパって生水が飲めるような状態じゃなくて、度数が低めのビールを作ってそれを飲み水代わりにしていたそうです。農家の人たちが冬の間に仕込んで、それを貯蔵しておいて夏の農作業の時に飲むんです。四季のことをフランス語で“セゾン”っていうのですが、セゾンビールのはじまりはそういった風習が元となったと言われています。あとは、農作業してくれた人に給料代わりにそのビールを渡していたみたいで。そんな普通の農家のビールが、周りに「あの家のビールは美味しいらしい」って伝わって、それがやがて有名なビール醸造所になったような歴史があります。

-セゾンはベルギーの地に根付いたビールなんですね。じゃあ久我山でやろうと思ったのもそういう地元に根付くような気持ちで始められたんですか?


そうですね。井の頭線は当時、まだひとつもビール醸造所がなくて、“ひとつくらいあってもいいんじゃないか”って思ってはじめました。

-山本さんにとって、「人」と「場所」がビジネスをはじめる大きな理由になっているんですね。でも醸造所を始めるにしてもビールを作る機械って300万とか500万とか……しますよね? 


まぁピンキリですけど、そのくらいの感じですね。

-じゃあ初期投資はすごくお金がかかりますね。


そうなんです。30年ほど前に地ビールというのが流行った頃がありましたが、あの頃はまだ安い機械が出回っていなくて、すごく高い機械をヨーロッパから輸入したけど地ビールのブームが終わってしまって、全然収支が合わなくなったっていう話は聞いたことがあります。でも今は世界中でクラフトビールブームがあるので、アメリカのメーカーのもので、ちょうど醸造量を増やすために既存設備が不要になった知り合いの醸造所から、小さくて良質で安いタイプの機械を譲ってもらいました。


-世界中で小さいビール醸造所を作るのが流行っているから、機械メーカーの方も安く提供できるようになったんですね。ビールを作るのって許可をとるのが大変そうなイメージがありますが、実際はどうなんですか?

すごく大変です。使用する機械やビール製造の工程、出来上るビールがどのような味なのか、卸先と販売見込み、どのくらいの税金を支払えるのかまで詳しく書いて提出する必要があります。最低でもこのやりとりで半年はかかりますね。

-そうかぁ。酒税を払うっていうのが大きいから、“どこでどのくらい売れる予定なのか”っていう情報も必要なんですね。なにかの記事で小さい醸造所は麦汁を仕入れるって読んだことがあるのですが、そうなんですか?


うちは麦芽を仕入れています。自分たちで麦芽から麦汁を作ったほうが、その方がイメージした味を作りやすいんです。

-ビールを作るにはやはりどんな「水」を使うかは味に大きく影響しますよね? どこかの湧き水とかそういう……


かなり影響しますし重要ですね。日本酒だとどこかの湧き水とかって聞きますが、ビールの場合、水は普通の水にカルシウムなんかを人工的に加えて、ミネラル分やPH値っていうのを調節して作っているんです。例えば、今流行っているIPAなんかは硬水で作った方が良いとされているのですが、僕は硬水で作ったIPAはどこか味にえぐみを感じるので、軟水のままで作っています。ピルスナーはチェコのピルゼンの水が軟水だったからあの味が作れたって言われていますしね。


-なるほど。そういう風に水も調味料を加えるように調節してビールを作っているんですね。こういうビールを作りたいなぁって思ったら、いろんな麦芽やホップをちょっとずつ試して作ってみて、これは違うなあとかこれは美味しいなぁとかって作っていくんですか?


クラフトビールの世界は“みんなでいろんな情報をシェアし合おう”っていうカルチャーがあるんですね。特にアメリカなんかでは自宅で醸造して楽しむような人たちがたくさんいるから、どのホップをどのくらい使ったらこういう味になったかっていう情報をインターネットにたくさんアップしているんです。

-そうかぁ。クラフトビールって西海岸のあのカウンター・カルチャー(対抗文化)と関係しているから、みんなで情報を共有しようっていうカルチャーがあるっていうわけなんですね。面白い。じゃあ例えばですが、鎌倉のヨロッコビールさんに行って、「このビールってどうやって作っているんですか?」って質問するのもクラフトビールの世界では“あり”って感覚なのでしょうか。


そういうのも聞いたら教えてくれる雰囲気はあります。同業者で、こういう風にしたらこういう味になったよって教え合うっていうのはよくありますよ。門外不出みたいな感覚はない世界です。でもみんな聞いたまま完全コピーでやることはあまりなくて、聞いたうえでこうやったらうちらしいとか、もっとよくなるだろうとか、創意工夫をしている感じですね。

-すごくいい空気ですね。僕の飲食店を経営している友だちが、コロナの時に助成金が出たから、クラフトビールを作ろうと思って講座を受けたそうなんですけど、そういうビールプロデューサーみたいな人はいるんですか?


いるとは思いますけど、僕の周りではあまり聞かないですね。僕たちは自分たちで調べて、自分たちで新しいことを試す、ということを大事にしながら作っています。


-そういう姿勢が以前の地ビールとは違うということなんですね。山本さんの好きなビールってセゾン・デュポン以外に何かありますか?


ベタですけど、ヒューガルデンですね。以前はヒューガルデンを小さい輸入業者が温度管理して日本に輸入していたこともあったんですけど、そういう風に丁寧に扱うと実際にビールも美味しくて。温度管理って大切なんだなぁって勉強になりました。

-ベルジャンホワイトっていうとヒューガルデンと思っていたんですけど、やっぱりあれは美味しいですよね。ちなみに日本のビールでは何が一番好きですか?


サッポロが好きなんですけど、特に黒ラベルが一番好きですね。

-それ、三茶のピガール(クラフトビール専門店)の山田さんも言っていました(笑) 僕が昔バーテンダー修行したフェアグランドっていうバーも黒ラベルを提供していたので今飲んでも“あぁ、これこれ!”って気持ちになります(笑)


仕事柄いろんな味のビールが知りたくて、よく輸入ビールコーナーで試し買いするんですけど、すごく高いクラフトビールってあるじゃないですか。あれってやっぱりホップがたくさん入っているから高いんですか?


そうですね。生産者がまだ少なくて、人気のあるホップはみんなが欲しがるからどうしても市場原理で高くなってしまうんです。最近は生産者が手塩にかけて作ったビールやワインの品質を維持するために、インポーターが冷蔵で大切に輸入してくれるので、輸送に費用がかかっているというのもありますね。

-なるほど。そういうことなんですね。マウンテンリバーブリュワリーさんは、日本の果物を入れたビールも作っていますよね。


まだまだ「フルーツビールって甘いの?」っていうイメージがあって、僕たちは甘くないフルーツビールを作っています。日本の果物の生産者さんとも知り合えるし、すごく楽しいですよ。

-このビールのラベルのデザインは?


右のIPAの方はあえてシンプルに、情報だけを載せた感じにしています。左のスタウトはBlack Force(ブラックフォース)と書いてあるんですが、これ実は黒いビールを作り始めて4番目に完成したレシピをベースにしたビールでもあるんです。“やっと美味しくて、僕たちらしい黒ビールが出来たな”って思って、デザイナーにそれを表現して欲しいって伝えたら、このようなデザインになりました。白い丸のようなものは酵母がビールを醸造しているイメージなんです(笑)

-これ酵母だったんですね。スタイリッシュでもあり可愛らしいデザインですね。ちなみに山本さんはビール以外に何を飲みますか?


ナチュラルワインを飲みますね。アルザスのワインが一番好きです。

-僕、ワインバーをやっているので、「アルザスが好き」って答える人、珍しいなぁと思います。やっぱりアルザスはドイツに近いから、山本さんはドイツ的な味の感覚がお好きなんでしょうかね。


-お酒の話を聞いてきたので、食べ物の話にも入っていきたいんですが。山本さんが今まで食べた中で一番美味しかったものって何ですか?

名前はわからないんですが、学生の時にモロッコで食べた料理ですかね。クスクスとマトンかラムが入った料理で、いろんな種類のスパイスが効いている味なんです。初めて食べた味で口にした瞬間はすごくびっくりしたけど、“これは美味しいなぁ”って一番印象に残っています。食べたことないものを食べる、知らないものを試してみる、って今でもすごく好きですね。

-僕は、この初めて食べたものに対して、「美味しい」って感じる人たちのことがすごく気になっていまして。ほとんどの人が初めて食べたものって、ちょっと拒否感があったり、へぇこんな味なんだって思うだけだったりするんですね。でも一部に、初めて食べたもの、出会った味に対して「美味しい」って感じる人たちがいて、そういう山本さんみたいな人たちが、新しい味を作っているような気がします。さて、山本さんは「美味しい」って何だと思いますか?


難しい質問ですよね。ほんと人それぞれと言いますか。人によって味の好みは違いますし、みんなで楽しく食べた時ってすごく美味しいって感じますし、体調っていうのも大きいですよね。体調のせいで、ちょっと塩味をきつく感じたとか。好みの味って本当に人それぞれだし、「美味しい」はそのときの環境にも大きく作用されるものだと思います。

たまに、「不味い」と言う言葉を使う方いるじゃないですか。あれ僕は違うと思うんです。口に合わなかったとかって言ってほしいですね。

-僕も常々、「不味い」という言葉は使わないで欲しいって布教しようと思っています。例えば、「これは自分には塩辛すぎた」とか、「酸味が強かった」とかって表現して欲しいですよね。そしたらそれを作っている人も「じゃあ仕方ないなぁ」って納得できますし。


いろんな料理や飲み物を経験した方が面白いし、こんなのも美味しいんだっていうのがわかるようになると思うんです。いろんな美味しいっていうのを経験したら、自分のなかでの「美味しい」っていう輪郭が見えてきますよね。いろんなものを経験するのがいいと思います。

-「美味しい」の輪郭が見えてくるっていい言葉ですね。こういうビールをこれから作っていきたいって計画はありますか?


自分の中で好きなビールの味はありますが、それとは別にビールって食事の時に飲むものなので、日本人の食事にあうビールを作りたいというのを常に考えていますね。


-日本人の食事ですか。


はい。やっぱり日本人の食事って淡い味わいのものが多いですし、僕たちのビールをあつかってくれているお店の料理にあうかどうか、一緒に楽しんでもらえるかっていうのを考えています。それで、少しずつ僕らが考える別のもっと個性的なビールを、こういうのもあるんだって知ってもらえたらって思います。

-それではこの連載お決まりの最後の質問ですが、山本さんは最後の晩餐で何を食べたいか教えてもらえますか?


そうですね……。妻と子どもがいるので、最後は3人で食べられたらなって思います。

-うわぁ、いいですね。今まで皆さん味噌汁と白いおにぎりとか具体的だったんですが、“特定の人と食べる食事”も素敵ですね。山本さん、貴重なお話どうもありがとうございました。



ーーー 取材の舞台裏 ーーー

林さん「山本さんと、Mountain River Breweryの美味しいビールで海賊飲み」

「山本さんって、背が高くって、シュッとしていて、本当にかっこいい人なんですよ」と林さんが3回くらい教えてくれました(by編集部)

【連載一覧】「食」のプロたちに聞く“美味しい”って何!?
vol.1:LE CAFE DU BONBON 久保田由希さん
vol.2:スープ作家 有賀薫さん
vol.3:Mountain River Brewery 山本孝さん

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